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お久しぶりです。
こんなにブログを書かなかったのは、始めて以来初のこと。
何から書いたらいいのやら・・・。
実は5月中旬から1ヶ月、日本に帰っていました。
もともと予定していた一時帰国で、今回は自分の静養のため、と最初から決めていました。
ともかく、のんびりしよう、と。
でも日本は今夏物の買い物をするにはベストの時期。
結局、毎日出かけてしまった・・・(苦笑)。
帰国中にはちょうど大学時代の同期や後輩の結婚式があったり、
2年会えなかった友達にようやく会えたり、
友達のベイビーたちにも会えたり、
うれし楽しいこともたくさんあった。
でも、一番大きな出来事は、6月2日に元気だった祖母が急逝したことだった。
突然のことで、本当に本当に驚いた。
1ヶ月近くたった今でもまだ、全然実感が湧かない。
やっぱりウソだったんじゃないか、
心のどこかではまだそう思っているところがあり、
うまく受け入れられないでいます。
その日、出かけていた私は母が電話してきた時にちょうど
電車に乗っていて、軽い気持ちで
「今電車の中で出られない。なんじゃ?」
とメールを送った。
すぐに、
「おばあちゃまが亡くなった」
という返信。
全身から血の気が引く思いだった。
ウソでしょ!あんなに元気だったのにそんなはずない!と、叫べるものなら叫びたかった。
あのメールを読んだときの衝撃は、一生忘れないだろう。
今日は、生きていたら祖母の88歳のお誕生日だった。
めでたく米寿を迎えるということで、亡くなった6月2日の夜、
1人暮らしをしている真ん中の妹も実家に帰ってきて、
久しぶりに家族全員そろい、私が日本にいるうちに早めに米寿のお祝いをすることになっていた。
前日、靴下とカーディガンをプレゼント用に買って、用意していた。
皆でお祝いするって言ってたのに。
プレゼントも買ったのに。
それなのに、今日天に召されるなんて、そんなことがあるわけがない!!
と、思い続けた。
夜になってようやく家に帰ってきた祖母は、
血色もよくて穏やかで、まるで眠っているようだった。
実際に会ったら、後悔がどっと押し寄せた。
日本に帰ってきたからと言って、毎日自分のことしか考えず、
ろくに顔も見せずに出歩いていた。
どうしてもっと祖母との時間を大事にしなかったのか。
もっとおばあちゃん孝行しなきゃいけなかったのに、結局大人になってからも
何にもしてあげられなかった。
もっともっと、話をすればよかった。
いつもしてもらうばかりで、何も恩返しできなかった。
私は、本当に自分勝手な孫だった。
祖母は、本当にびっくりするくらい前向きで、明るい人だった。
弱音を吐いたところは、見たことがない。
88年の人生で、私が知っているのはほんの20数年だけ。
その前の70年近い長い間には、どんなことがあったのか。
戦争も経験し、祖父を24年前に亡くし、それ以外にも
たくさんたくさん苦労してきたと思う。
今の私たちの世代には計り知れないだろう。
だからこそ、たくさんのことを乗り越えて生きてきたからこそ、
すごく強い人だったのだな、と改めて祖母の偉大さが
わかった気がした。
突然逝ってしまって、本当に驚いたし、
私が本帰国するまでは元気でいてくれるだろうと
勝手に信じていたので、とてもショックだったけれど、
私が日本にいる間に天に召されたのも、
祖母が私に、海外で訃報を聞かされるという辛い思いを
させないように、としてくれたことだと思えてしまう。
高齢になってからも一度も病気をせず、
食事もお風呂も1人でして、
いつも、誰にも迷惑をかけたくない、と言っていた祖母。
病院のベッドで伏せって家族を心配させたりすることもなく、
あっという間に逝ってしまった。
本当に祖母らしい最期だった、と思う。
家族一同本当に驚いてショックだったけれど、
久しぶりに実家の全員が揃って、毎日みんな家にいた。
あんなにゆっくり5人で家にいたのは、いつ以来だろう。
葬儀が終わるまで1週間近く、本当にゆっくり家族の時間が持てた。
これも、私の帰国中に、と祖母がプレゼントしてくれた時間だと
思えてならなかった。
そして、やっぱり家族っていいな、と思うことがたくさんあった。
既に嫁いだ身の私としては、本当に貴重な時間だった。
祖母には、最後に手紙を書いて、棺に入れた。
自分勝手な孫でごめんなさい、って謝ってばかりだったけど、
やっぱり一番伝えたいことは、
今までありがとう、ということだった。
おばあちゃんに恥じない生き方をしていきます、と約束した。
私の中では、祖母は元気で、ひょうきんで、少し口うるさいくらいの
肝っ玉おばあちゃんの印象のまま、生き続けている。
体が丈夫で、歯もあの歳で自分の歯で、食事もいつまでも自分でしている祖母が
自慢だった。
おばあちゃん、お誕生日おめでとう。
88年、おつかれさまでした。
おばあちゃんにしてもらったこと、言われたこと、全て忘れません。
今までの分、ゆっくり休んでね。
また会いましょう。
こんなにブログを書かなかったのは、始めて以来初のこと。
何から書いたらいいのやら・・・。
実は5月中旬から1ヶ月、日本に帰っていました。
もともと予定していた一時帰国で、今回は自分の静養のため、と最初から決めていました。
ともかく、のんびりしよう、と。
でも日本は今夏物の買い物をするにはベストの時期。
結局、毎日出かけてしまった・・・(苦笑)。
帰国中にはちょうど大学時代の同期や後輩の結婚式があったり、
2年会えなかった友達にようやく会えたり、
友達のベイビーたちにも会えたり、
うれし楽しいこともたくさんあった。
でも、一番大きな出来事は、6月2日に元気だった祖母が急逝したことだった。
突然のことで、本当に本当に驚いた。
1ヶ月近くたった今でもまだ、全然実感が湧かない。
やっぱりウソだったんじゃないか、
心のどこかではまだそう思っているところがあり、
うまく受け入れられないでいます。
その日、出かけていた私は母が電話してきた時にちょうど
電車に乗っていて、軽い気持ちで
「今電車の中で出られない。なんじゃ?」
とメールを送った。
すぐに、
「おばあちゃまが亡くなった」
という返信。
全身から血の気が引く思いだった。
ウソでしょ!あんなに元気だったのにそんなはずない!と、叫べるものなら叫びたかった。
あのメールを読んだときの衝撃は、一生忘れないだろう。
今日は、生きていたら祖母の88歳のお誕生日だった。
めでたく米寿を迎えるということで、亡くなった6月2日の夜、
1人暮らしをしている真ん中の妹も実家に帰ってきて、
久しぶりに家族全員そろい、私が日本にいるうちに早めに米寿のお祝いをすることになっていた。
前日、靴下とカーディガンをプレゼント用に買って、用意していた。
皆でお祝いするって言ってたのに。
プレゼントも買ったのに。
それなのに、今日天に召されるなんて、そんなことがあるわけがない!!
と、思い続けた。
夜になってようやく家に帰ってきた祖母は、
血色もよくて穏やかで、まるで眠っているようだった。
実際に会ったら、後悔がどっと押し寄せた。
日本に帰ってきたからと言って、毎日自分のことしか考えず、
ろくに顔も見せずに出歩いていた。
どうしてもっと祖母との時間を大事にしなかったのか。
もっとおばあちゃん孝行しなきゃいけなかったのに、結局大人になってからも
何にもしてあげられなかった。
もっともっと、話をすればよかった。
いつもしてもらうばかりで、何も恩返しできなかった。
私は、本当に自分勝手な孫だった。
祖母は、本当にびっくりするくらい前向きで、明るい人だった。
弱音を吐いたところは、見たことがない。
88年の人生で、私が知っているのはほんの20数年だけ。
その前の70年近い長い間には、どんなことがあったのか。
戦争も経験し、祖父を24年前に亡くし、それ以外にも
たくさんたくさん苦労してきたと思う。
今の私たちの世代には計り知れないだろう。
だからこそ、たくさんのことを乗り越えて生きてきたからこそ、
すごく強い人だったのだな、と改めて祖母の偉大さが
わかった気がした。
突然逝ってしまって、本当に驚いたし、
私が本帰国するまでは元気でいてくれるだろうと
勝手に信じていたので、とてもショックだったけれど、
私が日本にいる間に天に召されたのも、
祖母が私に、海外で訃報を聞かされるという辛い思いを
させないように、としてくれたことだと思えてしまう。
高齢になってからも一度も病気をせず、
食事もお風呂も1人でして、
いつも、誰にも迷惑をかけたくない、と言っていた祖母。
病院のベッドで伏せって家族を心配させたりすることもなく、
あっという間に逝ってしまった。
本当に祖母らしい最期だった、と思う。
家族一同本当に驚いてショックだったけれど、
久しぶりに実家の全員が揃って、毎日みんな家にいた。
あんなにゆっくり5人で家にいたのは、いつ以来だろう。
葬儀が終わるまで1週間近く、本当にゆっくり家族の時間が持てた。
これも、私の帰国中に、と祖母がプレゼントしてくれた時間だと
思えてならなかった。
そして、やっぱり家族っていいな、と思うことがたくさんあった。
既に嫁いだ身の私としては、本当に貴重な時間だった。
祖母には、最後に手紙を書いて、棺に入れた。
自分勝手な孫でごめんなさい、って謝ってばかりだったけど、
やっぱり一番伝えたいことは、
今までありがとう、ということだった。
おばあちゃんに恥じない生き方をしていきます、と約束した。
私の中では、祖母は元気で、ひょうきんで、少し口うるさいくらいの
肝っ玉おばあちゃんの印象のまま、生き続けている。
体が丈夫で、歯もあの歳で自分の歯で、食事もいつまでも自分でしている祖母が
自慢だった。
おばあちゃん、お誕生日おめでとう。
88年、おつかれさまでした。
おばあちゃんにしてもらったこと、言われたこと、全て忘れません。
今までの分、ゆっくり休んでね。
また会いましょう。
なお☆
ブログ再開待っていました。
また、楽しみに覗かせて頂きますね。
おばあさまの記事を読んでいて、なんだか涙が止まらなくなってしまったよ。
人生は必ずいつかは終わりがあるのはわかっているけど、身内は特にそんなことにはならないであろうと勝手に思ってしまっているところがあって…。
祖父の13回忌の時も、なんだかおじいちゃんは、ちょっと遠くに行っているだけのような…。
もう13年も経つのが信じられなかったわ。
母の死は、いまだに受け入れられないというのが事実です。いつまでも泣いてばかりじゃ周りに心配かけちゃうからと、人前で泣くことはなくなったけど、やっぱり今でも母を思い出すたびに1人で泣いてます。
育児で悩んだり聞きたいことがあっても、電話は通じないし、メールだって送れないし、会いたくても会えない。ただ、そんな時は目を瞑ってみるの。そうすると、笑顔の母がそこにいるんだぁ。心の中で会話するのよ。
そうするといつも背中を押してくれて、頑張ってといってくれるの。
miyaseveちゃんのおばあさまも、何かあったらいつでも会いにきてくれるよ。だから目を瞑って心の中で話しかけてみて。
天国からいつも見守ってくれてるんだからさ!
また、楽しみに覗かせて頂きますね。
おばあさまの記事を読んでいて、なんだか涙が止まらなくなってしまったよ。
人生は必ずいつかは終わりがあるのはわかっているけど、身内は特にそんなことにはならないであろうと勝手に思ってしまっているところがあって…。
祖父の13回忌の時も、なんだかおじいちゃんは、ちょっと遠くに行っているだけのような…。
もう13年も経つのが信じられなかったわ。
母の死は、いまだに受け入れられないというのが事実です。いつまでも泣いてばかりじゃ周りに心配かけちゃうからと、人前で泣くことはなくなったけど、やっぱり今でも母を思い出すたびに1人で泣いてます。
育児で悩んだり聞きたいことがあっても、電話は通じないし、メールだって送れないし、会いたくても会えない。ただ、そんな時は目を瞑ってみるの。そうすると、笑顔の母がそこにいるんだぁ。心の中で会話するのよ。
そうするといつも背中を押してくれて、頑張ってといってくれるの。
miyaseveちゃんのおばあさまも、何かあったらいつでも会いにきてくれるよ。だから目を瞑って心の中で話しかけてみて。
天国からいつも見守ってくれてるんだからさ!
2008/07/10 Thu 07:28 URL [ Edit ]
miyaseve>なお☆
ほんとにね、人はいつか必ず・・・ってわかっているつもりだけど、身近な人の死はとてもすぐには受け止められないものだなって改めて実感した。
なお☆の気持ちが痛いほどわかったよ。
大切な人を失った悲しみは、やはりなかなか癒えないね。
でもなお☆の言うように、ずっと心の中では元気なときのまま生き続けているよ。
なお☆の気持ちが痛いほどわかったよ。
大切な人を失った悲しみは、やはりなかなか癒えないね。
でもなお☆の言うように、ずっと心の中では元気なときのまま生き続けているよ。
2008/07/11 Fri 10:15 URL [ Edit ]
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